赤外線高分散ラボ:Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy

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星間有機分子の「破壊」と「生成」の様子を目撃
(2016.05.25 掲載)

「ぼやけた星間線(Diffuse Interstellar Band、略してDIB)」は、星間ガスに含まれる有機分子による吸収線であると考えられていますが、その正体はまだ解明されていません。 DIBは銀河の広い領域に普遍的に検出されるので、まだまだ謎の多い星間ガスの組成や反応過程の解明のために重要視されており、 またその正体が生命の起源に関わる有機分子である可能性も期待されています。 そのため、吸収を引き起こす物質(キャリア)の解明は天文学において重要な課題のひとつとして位置づけられています。 2015年には4本のDIBがフラーレン分子(C60)のイオンによる吸収線であることがわかり、キャリアがついに初めて同定されました。 しかし、500本にも上るほとんどのDIBのキャリアは依然として謎のままです。最終的な同定には実験室でキャリア候補の測定をする必要がありますが、 天体観測によって宇宙空間におけるDIBキャリアの性質や反応過程を明らかにすることで、同定に重要な鍵が提供されます。

今回、LiHの濱野哲史研究員を中心としたユニットは、LiHが開発した高感度赤外線高分散分光器「WINERED」を用いて、 「はくちょう座OB2星団」に含まれる星7天体を観測し、DIBキャリアが破壊・あるいは生成されている様子を捉えることに成功しました(図1)。 はくちょう座OB2星団は、さまざまな性質のガス雲を一度に調べることができる重要な天体として知られています。 しかし、この天体は濃いダストに埋もれているため従来の可視光観測では精度よくDIBを調べることは困難でした。 今回、ダストによる減光に強い赤外線を用いることで、初めて微弱なDIBまで多数検出できる高精度な分光観測に成功しました。 その結果、はくちょう座OB2星団中のガス(図2中の②)で、DIBによってそのキャリア分子が欠乏したり、増加したりしている様子 明らかになりました(図3)。 これは、星団に大量に存在する大質量星による紫外線光子に照らされることで、ガス中のDIBキャリアが生成・破壊されているものと考えられます。 また、DIBによって異なる振る舞いを見せていることから、DIBのキャリアにはさまざまな化学的性質(分子の大きさ、イオン化エネルギーなど)を持った多様な分子が含まれることが示唆されます。 今回の研究結果は赤外線の特徴を利用することでDIBの知られざる性質を明らかにする重要な成果であり、将来的なキャリアの同定につながることが期待されます。 この成果は、The Astrophysical Journal(2016年4月10日号)に学術論文として掲載されました。


  

図1:WINEREDで取得されたCygOB2星団のスペクトルに検出されたDIBの例(左)。中間赤外線で見た「はくちょう座OB2星団」(右、NASA)。


図2:観測者から見た「はくちょう座OB2星団」の視線上のガス雲の構造・分布の模式図。


図3:星の手前に分布する「ガスの量」に対する3本のDIBの強度。一般的な星間ガスの背景星ではガスの量に比例してDIBの強度が大きくなるのに対して、 「はくちょう座OB2星団」ではDIBによってガスの量に対して欠乏・増加するなど多様な振る舞いを見せている。


参考:星間空間に存在する大きな有機分子の吸収線を多数発見 (2015.02.16 掲載)


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